初雪
自分の歌声を録ることになったため、この頃は普段より多めに煙草を吸い、喉を焼いている。今日も寄稿曲の作業がてら昼間ベランダに出て一本二本、作業を終えて夕方三本四本と吸った。これを書き終えたらまた吸うつもりでいる。関東は台風、一歩部屋の外に出ると雨脚はすこぶる強く、薄暗い空には雷の閃光、一帯にはゴロゴロと不機嫌な音がしていた。もう夏も終わりである。
そんな季節の変わり目を感じながら一服しようと着火、一番美味しいとされる最初の一吸いを味わい、鼻腔をくぐらせた煙をフッと空に送ったその時、俄かに冬の気配を感じ取った。一瞬だが、強烈だった。それまで夏の終わりを感じる等言っておきながら、何とも妙だと思った。燻る煙草を持ったまま、自分はこの冬の気配の正体について考えることにした。
ふた吸い目、その答えは直ぐ出た。触覚。煙が鼻腔を通り抜けるときのこそばゆい感覚が、冬の朝の肌を刺す冷たい風の感覚に似ていた。次に嗅覚。これは地元の風土の為もあろうが、冬という季節は野焼き、餅つき、牡蠣小屋と、煙の匂いを嗅ぐ機会が多い。煙の匂い単体ではそれほど特定の季節との結びつきは強くないが、先程の触覚的刺激と組み合わさり、見事に冬の情感を刺激したようだ。思えば、口元から白い煙を吐く行為自体が随分と冬っぽい。触覚、嗅覚、視覚。三つ並べてみて、先程まで不思議に思えていた謎の感触が当然のように思えてきた。
内心の納得に満足し、ふっと息を吐く。灰が散った。これは、今年の初雪。そういう事にした。馬鹿馬鹿しくて面映くなった。それからは暫く煙草に口を付けなかった。
その後、まだ黒い燃えカスの塊が右足の親指に落ちた。
熱かった。